果て

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 その出張の帰り、ちょうど通り道だったので彼は一度実家に寄ってみることにした。  街からのバスに揺られながら、カバンから一枚のクッキーを取り出す。出張に出る時に彼の娘がくれたものだ。食べるのを忘れて、しまっていたのだった。  クッキーを口に運ぶ前にバスは止まった。  あのバス停に着いたのだ。バスを降りた彼を包む匂いは、あの頃と変わらないままである。  彼は上を見上げた。  もうすっかり暗くなったその空には重たい雲が厚く張っていて、月どころか一つの星すら見えなかった。あの頃ならもうすでに家でみんなと食卓を囲んでいる時間だろうか。  帰り道などとっくに忘れてしまっていたが、今から思い出しても遅くはないかな、そう彼は思った。  クッキーは、もう湿気っていた。
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