第一部[プロトタイプ]

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 捲し立てる少年に引く。しかし内容は魅力的だった。確かに退屈していた(寂しくもあった)。  それでも彼らとは立場が違う。彼らには強力なバックがついている。治療者たちに対抗できる力のない私は被験者として従うしか術はない。  断ると、少年は見るからに悄気返った。つられて悲しくなる。ひとと交流したい。治療者は友だちになれない。  私が煩悶している間に彼は笑顔を取り戻して、ここを探索しようと言い出した。つまり私の記憶を。一緒にいてくれるのだとわかって快諾した。波打ち際を散歩しながら風景が次々変わるのをふたりで楽しんだ。彼の質問に答えようと記憶を手繰ると内世界が反応するのだ。  やがて検査の時間になり、眠ることを告げると彼は「僕も呼ばれてるから戻るよ。またね」と消えた。  『またね』。曖昧な約束に気が塞ぐ。技師にバレないだろうか、また来てくれるのか。  本当にやってきた。  内世界は静かで穏やかな場から楽しいおしゃべりの時間に変わった。ますます現実がうっとうしくなる。戻りたくない。だけど治療を延期するのは、まして治療終了後もここで生き続けるのは無理な相談だった。せっかく仲良くなったけれど、退院したらオートクチュールとの通信はもちろん、生身で会うこともない。そう思うと寂しさがいや増す。     
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