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白雪の未来人
『白雪の未来人の噂』
1・雪に紛れてやってきた未来人が、未来を変える方法を教えてくれる。
** **
「ここにいると危ないよ、お姉ちゃん」
「え……?」
雪が降る『白雪公園』で、カメラを構えて一時間。
見知らぬ女性が、突然公園の入り口から話しかけてきた。
私以外の誰かを呼んでいるのではないかと思い、慌てて辺りを見渡すが誰もいない。
いつのまにか夕方のチャイムが鳴る時刻も過ぎていて、公園で遊んでいた小学生は家に帰ったようだ。
シャッターチャンスを逃さないよう集中していて、全く気付かなかった。
(……それにしても、危ないってどういうことだろう?)
私は高校生で、夕方のチャイムで帰宅を強いられるような年齢ではない。
その場を動かないでいると、彼女は深くため息をつく。
「いいから、お姉ちゃんは早く家に帰りな」
静かにこちらに近づいてくる彼女を見て、気弱な私は一歩下がる。
近くで見ると、彼女の年頃は二十代前半くらいに見えた。
私のことを「お姉ちゃん」と呼んでくるのが不思議だ。
呼び方以外は、まるで若い先生に注意されているようで落ち着かない。
「か、帰れと言われましても……」
二歩、三歩と彼女から距離を取り、それでも公園からは出なかった。
私だって、意味もなく寒い中外に立っているわけではないのだ。
「私、どうしても撮りたいものがあるんです」
「それは今じゃないとダメなの?」
「ダメです……」
「……それは、なんで?」
雪に掻き消されそうな小声で説明すると、やはり彼女は先生のように諭してくる。
何度か彼女の言葉を聞いていると、声色は妙に優しいことに気付いた。
注意しにきたというよりは、私を心配してくれているように感じる。
(しっかり理由を話したら、分かってくれるかもしれない)
私は上着のポケットからスマホを取り出し、お気に入りに登録しているページを彼女に見せた。
「あなたは、この噂を知っていますか?」
「噂? あぁ……『白雪の未来人』? この地域に住む人の間では有名な都市伝説ね」
「いやいや、本当の話らしいですよ。この白雪公園には、雪が降っている間たまに未来人が現れるそうです。学校の先輩も会ったことがあるって……!」
早口で言い返すと、彼女はやれやれと言いたげに首を横に振る。
綺麗に巻いた髪の隙間から、小さなうさぎのピアスが耳元で揺れているのが見えた。
「あなたは信じてないんですね……」
「まぁ、私もそういうの嫌いじゃないけど……それより未来人に会えたとして、どうするの? あぁ、写真を撮りたいんだっけ」
彼女の言葉にコクリと頷き、私は首にかけたカメラを撫でた。
裏面には、年の離れた妹がくれた可愛いうさぎのシールが貼ってある。
「誕生日の近い妹が未来人を見たいって言うから、写真をプレゼントしたいんですよ」
「え?」
「最近、好きなアニメにそういう設定のキャラがでてきたみたいで……って、あれ?」
「そんな……理由で……」
私の言葉を聞いた彼女の顔が、みるみるうちに青白くなっていく。
「どうしたんですか……?」
声をかけても彼女は黙ったままだ。
私は何か変なことを言ってしまっただろうか。
彼女の体が小刻みに震えていることに気付き、恐る恐る肩に触れる。
華奢な肩は、すっかり冷たくなっていた。
宥めるように優しく撫でると、彼女はゆっくりと顔をあげて――
「お姉ちゃん……」
「……はい?」
「数年したら忘れるような約束、無理して叶えなくていいんだよ」
「え? どうして、あなたがそんなことを言うんですか」
妹が約束を忘れるなんて、勝手な想像だ。
大切な妹の想いを見知らぬ誰かに決められたくない。
私の不満が伝わったのか、彼女は苦笑した。
「あのね、なんでそんなことを言うかって……」
無理矢理口角を上げて笑顔を作った彼女の目から、一筋の涙が頬を伝い落ちるのを見て、今度は私が驚きで言葉を詰まらせる番だった。
「私が、未来人だから知ってるの」
二人の頭の上に、しんしんと雪が降り注ぐ。
彼女の涙声が耳から離れず、動揺した私はカメラから手を離してしまった。
ぶらんと首から下がったカメラに、寒さでほんのり赤くなった彼女の指先が触れる。
「私のこと、そのカメラで撮っていいよ。現像したら映ってないかもしれないけど……とにかく、お願いだから早く家に帰って」
「……っ!」
私は彼女の涙に気圧されて、一枚写真を撮った後、逃げるように公園を出た。
――家に帰ると、リビングで妹がテレビを見ていた。
未来人設定のキャラが出ているという例のアニメだ。
もうお風呂に入った後なのか、うさぎ柄のパジャマを着て無邪気にはしゃぐ妹を見ていると、胸の奥がじんわりと温かくなる。
私の体は長時間外にいたせいか、それともあの不思議な女性のせいか、手足の震えが止まらない。
荷物を自分の部屋に置きに行く余裕もなく、そのまま風呂場に向かおうとリビングの前を通り過ぎたところで、不意に妹が大声を上げた。
「な、なに? どうしたの?」
「まだ途中なのに、やーだー!!」
慌ててリビングに駆けこみテレビに目を向けると、アニメの放送中、画面の上部に緊急ニュースが流れたようだ。
「よくわからないことが書いてある」と機嫌を損ねて泣き叫ぶ妹をあやしながら、画面の文字を読むと――
「え……?」
白雪公園の近くで、通行人を狙った無差別殺傷事件が起きたと書かれていた。
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『白雪の未来人の噂』
1・雪に紛れてやってきた未来人が、未来を変える方法を教えてくれる。
2・逆に自分が過去に戻りたいという者は、心からの願いと変えたい過去が無い限り、戻ることはできない。
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