童貞を捨てた、あの日の空

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テレビをつけてみたけど、なんだかそこに映る人や音声は無理やり感情を頑張って作っているようで、その頑張ってる感がいらないなと思い、すぐに消した。まあ、ユーチューバーなんかもっとヤバいよね、とひとりで皮肉を呟きながら台所で空腹を満たすべく冷蔵庫の中を物色した。先ずは普通に色々入っている扉を開くが、牛乳とか梅干しとか、その他どうでも良いものがいくつか入っているだけで、空腹を満たすべき適切な食べ物はなかった。次に冷凍の扉を開けたが、小さな保冷剤がいくつも無駄にあるだけで、冷凍食品は入っていなかった。冷凍された食パンが2切れあったが、その残り物感に食欲はひかれなかった。一応野菜室を開けたが、母は上手に冷蔵庫の中身を長期の不在に備えて片付けていったようだ。そこには残される息子への想いは一片もなかった。 仕方がないので、お湯を注ぐだけのインスタントラーメンを食べることにした。暑くなる食べ物を食べるので、クーラーを付けた。窓を閉めることすら面倒だったが、そこは仕方ないので締めた。今日一番頑張ったことはこれかな、と思った。 インスタントラーメンを食べ終えるとチキン味の琥珀色の液体の中に浮く小さな油が、外から入って来る夏の光の中でキラキラと輝いていた。なんとなくじっと見つめていると、その油は温度の対流でゆっくりと動きながら、そのひとつひとつの丸さを際立たせるように光を集めていた。蝉の鳴き声が、締め切られた窓越しに小さく聴こえていた。蝉の鳴き声と丸い光で縁取られた小さな油たちの動きを眺めていると、それが不思議と何か愛おしいもののように思えてきた。     
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