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何も言えなかった。結局、浅見はその後一度も振り向かずに出て行ってしまった。
俺はしばらくぼーっと玄関ドアの前に立ち尽くしていた。
あんなに積極的だった浅見から急に突き放されて、俺の心は路頭に迷っていた。気持ちの持ちようがわからない。
あの一回のキスで何がわかったと言うのか。
無理やり押し掛けてきたくせに、話し合いも何もなく勝手に謝って、勝手に何か1人で解釈して、勝手に出て行くなんて。
全く理解できない。振り回されっぱなしだ。やっぱりアイツは俺の心を掻き乱すだけ掻き乱していく。
「……ああ、また……」
結局、俺は何一つ言いたいことを言えなかった。
――――だけど、待ってくれ。
浅見は俺の言いたかったことを全て理解してくれたんじゃないのか。
俺がしたかったことは
“会って文句の一つを言ってやりたい。そして二度と俺を抱くなと突き付けて、ただの上司と部下に戻りたい”
ということ。
全部達成したじゃないか。だって文句の一つは言った気がするし、あとは俺が言わなくても浅見がそうすると言ってくれた。
俺にとっては何の不都合もない。むしろ心を読んでくれたみたいに俺の求めることが網羅されてて、言いにくいことも言わなくて良くてラッキーだったじゃないか。
それなのに――――
何でこんなに、胸が痛むんだろう――――?
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