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『……離婚してくれ』  押し黙っていた父がやっと口を開いたと思ったら、それはあまりに唐突で非情な台詞だった。  予想外の父の言葉に一瞬場が静まり返ったが、すぐに第一秘書が食ってかかった。 『それではあまりにイメージが悪い!! 離婚だけは避けましょう!!』  秘書は家族でないから非情でも仕方がない。父の議員の立場を守るべく必死になっていた。  母を見ると、母は俯き両膝をギリギリと握りしめていた。表情は見えない。けれど怒りか悲しみかわからない、何かしらの激情に震えているのは間違いなかった。  しかし、父は譲らなかった。 『彼女とは別れたくない。離婚してくれ』  その台詞の割には抑揚のない声だった。表情も至って普通の、それこそ無表情で。  母は俯いたまま、『私と離婚したら金銭的援助は打ち切りになりますが、よろしいのですか?』と絞り出すように言った。  たぶん、それが母の最後の砦だったのだと思う。もう父からの愛は受けられないと知って、それでも食い下がれるたった一つの方法だったのだろう。  父は言った。 『彼女と一緒になれるのなら議員生命を捨てても構わない』
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