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 刑事課の部屋に入ったときは、あえて頼さんの席の方を見ないようにしてた。頼さんがいてもいなくても、どちらにしても気持ちが揺らぎそうだった。いれば顔色を見るのが怖くなるし、いなければ休む程傷つけてしまったのかと思ってしまうだろう。  頼さんの方を見ないまま、挨拶を済ませて刑事課長に仕事をさせて欲しいと頼み込んだ。最初は少し煙たがられたけれど、思いの外早くに許可してくれた。駄目だったら何度でも頼み込もうと思っていたから、ホッとした。  休まず仕事のことだけを考えて、気持ちを振り切らなくてはいけない。これは自分に対する罰だ。身体を疲弊させるためでもあるけれど、心を無理やり閉じ込めるためでもある。頼さんの近くで、仕事のことだけを考える。どう足掻いても頼さんの心に触れられないなら、頼さんのことを考えないための訓練をする。どんなに近くにいても、俺は頼さんを特別な感情で見ない。仕事をするんだ。  そう誓ったばかりなのに、その帰り際、どうしても気になって頼さんの席を見てしまった。  頼さんは来ているのだろうか。どんな顔で仕事をしているのだろうか。昨日の今日で近づいてきた俺を軽蔑し恨んでいるのだろうか。  最後に見たのは後ろ姿だった。どういう表情で二度と近づくなと言ったのか。  俺は、どうしても頼さんの表情が気になってしまったのだ。  ――――恐怖。  目が合ってしまった。その頼さんの目に宿っていたのは、俺に対する恐怖でしかなかった。  俺は微笑んだ。頼さんの恐怖を和らげるためでも、何でもなくて。ただただ自分が許せなくて、自分のバカさ加減を自嘲して笑ってしまった。  俺は愛する人にこんな表情をさせたかった訳じゃない。  ああ、頼さんごめんなさい。俺のせいだ――――
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