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「蒼……」
眞田さんはたった一言そう呟くと、静かに微笑んだ。先ほどまでの不機嫌そうな顔が嘘みたいに、本当に穏やかで、可憐で美しい微笑みだった。
幸せそうな2人。俺と頼さんの“同性婚”という選択肢が、少しでも他のカップルの考え方を変えるような、後押しできるようなきっかけになれたのなら――――それは本当に喜ばしいことだと思った。
俺たち同性カップルにはまだまだ壁が多い。差別的な眼差しも、公的に認められていないことも……たくさんの壁を乗り越えた先で別れずにいられるカップルはとても少ないと聞く。
――――俺たちは、ちゃんと全部乗り越えていけるのかな?
「……ねぇ、ちょっといい?」
肩を叩かれて振り返ると、にこやかに微笑む綺麗な男性が立っていた。
本当に綺麗な人だ。すごく色白で、スラリとして、長め黒髪がサラサラで。年の頃は30代半ばといったところだろうか。暗めの照明のせいかいまいち年齢が掴めない。とにかく綺麗な人だと思った。眞田さんの綺麗さとはまた違ったタイプだ。
「結婚おめでとう。今日の主役と少し話してみたくてさ。ね、そっちのカウンターに座らない?」
「もちろん、喜んで」
相手の人当たりの良い笑顔と言葉に、俺は微笑んだ。
誰だかは知らないけど、この笑顔には何となく既視感がある。そうだ、俺が普段貼り付けてる微笑みに似てるんだ――――。
「何飲む?」
カウンターの席につくと、当たり前のようにそう聞かれた。
「何でもいいんですか?」
「ある程度は」
「じゃあ、ジントニック」
「OK。じゃあ俺もそうしよう」
その人は、カウンター内に入り慣れた手つきでジントニックを2つ作っていく。そして当たり前のように冷蔵庫を開けて、ライムを切ってグラスに浮かべた。その仕草の一つ一つが美しく洗練されて見えた。
勉強ばかりして大卒ストレートで今の仕事に就いた俺とは違う経験、違う生き方をしてきたのだろう。すごく深みのある大人に見える。こんな綺麗で大人な人が、頼さんと昔からの知り合いなのかな? 何だか俺は珍しく自信を喪失したような気がした。
「できた。乾杯しよ」
グラスを1つ手渡しながら、その人は流れるように俺の隣に腰掛けた。表面上は微笑みで取り繕いながら2人で「乾杯」とグラスを軽く合わせた。
「初めまして。俺は相川吏人。浅見くんが知ってる結城秀和巡査部長のパートナーだよ」
「ああ、結城部長の……」
そういう関係性だったのか。警察官ではないなとは思っていたけど。
「柏倉くんも酷いよね。このメンバーじゃ、君はついていけないだろ? みんな柏倉くんの親しい人ばかりだもの」
この人が笑顔で俺の心を言い当てたので、思わずドキリとした。
つまらなそうな顔はしてなかったはずだけど。まぁ、確かに気を遣う人ならこのパーティーのメンバー見てそう感じることもあるのかな。
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