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――――それは、にわかには信じられない話だった。
幼い頃は恵まれた環境にあった。けれど高校生の頃、父親に母親を殺され、親戚にも邪険に扱われて、その後は身体を売って何とか一人で生きてきた――――
悲しすぎるなんて言葉で片付けてはいけないし、凄惨だか悲惨だと言うのも何か違う。何と声を掛けたらいいかわからない。とにかく言葉にならなかった。
淡々と半生を振り返るその人の横顔から目が離せなかった。
この美しい人は、たくさんの重荷を背負ってきたのだ。たった一人で――――。
「秀和くんと出会ったのは、そんな自暴自棄な頃だったよ。彼は俺を拾ってくれた」
「何で、また……」
堅物そうな結城部長が初対面の男性を受け入れるイメージはないのだけれど。
「あの人は、知られたがっていたんだ」
「何を……?」
「あの人は無口だからさ、心の中を知られたがっていた。俺は人の心の中を知りすぎる男だから、ちょうど良かったんだ」
相川さんは目を合わせてにっこりと微笑んだ。俺はその言葉に首を傾げる。
「……それって、あなたが心を読めるみたいな話に聞こえますが」
「うん、その通りだよ」
ほんの少し間があった。ざわついている部屋の音が一瞬聞こえなくなったような、そんな気さえするほど。
俺は呆気にとられていた。相川さんは相変わらず微笑んでいる。
「…………嘘だと思う?」
そう聞かれて、俺は首を横に振った。
「……たぶん、本当なんだと思います」
何でそう思うのか、わからないし確証もないけれど。
たぶんこの落ち着きも、表情も、語り口調も、先ほど俺の心中を当てたのも。この人の雰囲気全てがそれは嘘じゃないと言ってる気がして。
「あははっ……浅見くんは素直だね。信じてくれてありがとう」
「……今も、読めるんですか? 俺の考えてること、全部」
「……今は読めないよ。でも数年前までは心が読めた。だから、無口な秀和くんと距離が近付けた。ずっと忌み嫌ってた能力だったけど、秀和くんと出会えたから少しは好きになれた」
幸せそうな表情をしている。きっとこの人は過去から抜け出して、幸せを掴んだのだ。
「ついつい自分のことばかり話してしまったけど、結局俺が言いたいのは……」
この人は、大切なことを言うときにしっかりと人の目を見る。その漆黒の瞳を見ていると、何もかも信じられる気がするから不思議だ。
「……浅見くんは過去に囚われている気がして。それから、自分の心をきちんと柏倉くんに伝えられてるかな……?」
俺は目を見開いた。
やっぱりこの人は今も心が読めているのではないだろうか――――。
「俺の思い違いならいいけど、君は昔の俺に似てるから……きっと変なところで気を遣ったりしてすれ違ってしまうんじゃないかって、そんな気がして……」
俺が「どうしてそこまで俺のことを考えてくれるんですか」と真顔で尋ねると、相川さんは「老婆心さ」なんて言って笑った。
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