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 その後、どうやって会話を終わらせ電話を切ったのかわからない。ずっと上の空だった。  “俺も嬉しいです”とか言って高らかに笑えたかな。何年もそうやって誤魔化し続けたのだから、きっと何かしらは言ったのだろうけど。  好きな人との会話にこれほど集中できないなんて、どうかしてる。いつもなら小躍りするくらい嬉しいはずの結城部長の訪問も気が乗らない。 「……柏倉部長」 「…………はい?」  声の方に目をやると、同じ班の田中係長が真顔で俺を見つめていた。 「今日は帰りな。仕事にならねぇだろ」  今の直属の上司である田中係長は、55歳のベテラン刑事である。昔気質の刑事で、お酒と煙草には目がないが、仕事にはすごく厳しい人だ。半端な仕事をしようものならめちゃくちゃ叱られる。  そんな田中係長に帰れと言われてしまうなんて、これは極めてまずい状況だ。“おまえなんか刑事辞めちまえ”くらい言われてしまうかもしれない。
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