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「あら、いいのよそんな。もう店も畳んだんだし、売り物じゃないんだから。全部持ってって?」
「いえ、いいんです」
苦笑いしながら親切に寄越そうとしてくれる娘さんに、僕は首を振った。
「せっかく来たんで、買いたいんです。子供の頃、そうしてたみたいに……」
こんな変な言い分、笑われるかもしれないし、親切心を無下にしてるみたいで気が引けた。
だけど、娘さんはきょとんとした後、微笑んで納得を示すように頷いてくれた。
「そっかぁ。じゃあ、最後のお客さんだね。ありがとう、十円ね」
そう言って手を差し出す娘さん。
ぶっきらぼうな言い方だけどどこか優しさを感じるそれは、やっぱりあのおばあちゃんの娘さんなのだろうと実感できるものだった。
僕は鼻の奥をつんとさせながら、財布から十円玉一つを取り出した。
「はい、毎度あり」
お金を渡す瞬間、僕は何故かこの店の前で泣いていた記憶ばかりを思い出していた。
最後のお客さんに、なれてよかった──。
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