店番

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 図々しいとは思いつつ、店の奥に声を掛けてみた。  誰かが出てきたところで怪訝な顔をされて門前払いを食らうのがオチだろうが、その手の反応には免疫がある。  引き戸の向こうから、物音と人の気配がはっきりとしてきた。  大きくなる影とともに、「はぁい」という女の人の声。  ガラッと引き戸を開けて顔を覗かせた声主は、四十代ぐらいの女の人だった。 「どちらさんですか?」  柔らかい波長の声音で安心した。人当たりの良さそうな人だ。  僕はビジネスバッグの持ち手を握り、ペコッと頭を下げた。 「あの……突然の訪問で申し訳ありません。えー、急なお話で変に思われるかもしれませんが……私、実は近所に住んでる者で──」  と一瞬、言葉を止めた。  ここでは──酒井屋では、営業スマイルだの営業文句だの使いたくはないと思い、まず言葉の襟を緩めることにしたのだ。
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