後編

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後編

昼が過ぎて溶けだした雪道を、足早に駆けていく女性がいる。首にかけたカメラを大事そうに抱えながら、時折滑る足元によろつきつつも、浮き足立つその足取りが止まることはない。 (大川さん、素敵な人だったなぁ…) アケミは今日のことを思い出し、クスッと笑うと、走る速度をゆるめ、ある家の前に立ち止まった。表札には「三橋」と書かれている。彼女は深呼吸をするようにして息を整えると、そのままドアを開けて家の中に入っていった。 「ただいまぁ」 声にこたえるように、母親とおぼしき女性がアケミを出迎えた。 「お帰りなさい。また遅くに帰って来て…、もうちょっと早く帰ってこれないの?」 少し不安げに尋ねる母に、まだ全然遅い時間じゃないよ、という思いを呑み込んだ。 「うん、ごめんね。今度はちゃんと日記に注意書きしておくから大丈夫!」 と、大袈裟なくらい明るく振る舞った。アケミはそのまま自分の部屋に向かおうとすると、母に呼び止められた。 「アケミ、いい写真は撮れたの?」 「うん、とっておきの写真よ」 ニコリと笑う彼女に母親は安心したのか、そう…、と一言微笑み、 「昼ごはん、食べてないでしょ。できてるから早く降りて来なさいね」 母親の言葉に、はぁい、と元気よく答えると、自室のある2階への階段をのぼっていった。だが母親が見えなくなった階段の半ばほどで、アケミは立ち止まった。アケミは母の様子を伺うように、少し後ろを振り返っている。 (お母さん、ごめんね。心配させて…) 彼女は手に抱えていたカメラを握りしめた。 私には昨日の記憶がない。というより、私の記憶は私が大学生の頃で止まっていた。目を覚ますと、見慣れたはずの自室に、いくつもの見慣れないメモが天井、壁や机にも無数に張られていた。
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