後編

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驚きを隠せなかった。 それから先の日記の内容のほとんどは、先ほどと同じくあまり変化のない日々を送っているのに、その書かれた文字の端々から光が踊っているのを感じた。 日記の書き出しの多くは、大体いつも同じ言葉から始まっていた。 「私は今日、初めての恋をしました」 魅入られるようなその言葉に、それに続く内容を次々と読み進めていく。 書き出しが同じ日記の日には、決まって午前9時ごろ、写真を撮りに散歩に出掛け、そしてある川に差し掛かったとき、必ず同じ人に出会う。 「大川タロウ、さん…」 口に出してみても実感がない。 それでも、日記の内容をどんどん辿っていく度に、胸を締め付ける、何とも言えない感情に支配された。それと同時に、もうひとつの強い想いが芽生えた。 (会ってみたい、この人に───。) アケミがそう感じた頃にはすでに、"いつもの"9時が目前に迫っていた。 「行かなきゃ…」 ある種の使命感が彼女を突き動かしていた。 アケミは愛用の一眼レフ手に取ると母親に、写真を撮りに散歩に行ってくる、というような軽い一言だけを残し、彼が待つであろうあの川のほとりへと、場所も分からずに飛び出していった。 すぐに母から電話がきてこっぴどく言われてしまったが、お昼ご飯までには帰ると約束して先を急いだ。 (心配はできればかけたくない、でも…) 彼女には、今日しかない。 その想いが内気な彼女の心の鎖をほどいていた。 あとはただ、静かな雪景色の中を彼女の足音だけが響いていった。 そうして彼と出会い、時は現在に戻る。
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