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雪景色から帰宅し、自室へと続く階段を登るアケミの胸のうちには、朝の暗く沈んだ気分から、こんなにも心の踊る思いに変わってしまったことに、我ながらおかしな人だと客観的に自分をみて少しにやけた。
自室につき椅子に座ると、机と正面に向き合った。机には朝と同様に、日記だけが真ん中に置かれている。
日記の続きを書いておこう、とアケミは日記の新しいページを探して順々にめくった。
「また会いたいな…」
ページをめくるたび、思い出をめくるたび、そんな想いとともに言い知れぬ寂しさが心をにじませた。
(今日のこと、忘れずに覚えていれたらどんなにいいか…)
今日が何にも換えがたい思い出として、感情として、今は確かに感じている、存在している。
でも、明日にはそんな気持ちも思い出も忘れてしまう。
(いやだなぁ……)
いつの間にか彼女は、ひとしずくばかりの涙を眼に溜めていた。
(今日は感情の起伏が激しいのかな)
アケミは瞳を拭いながら、コロコロと気分の変わる自分に、おかしいなぁ、とまた笑みを漏らした。
(でもしょうがないよね、今日は本当に、色々なことがあったから…)
と、自分自身を慰めた。
日記の新しいページにたどり着き、何から書こうかとペンをとると、今日のことを振り返りながら書き始めた。
その時、ふいに思い出したあるひとつの疑問に、その手を止めた。
「大川さんは…」
(私のことを知っているのだろうか…)
日記に登場する彼は、本当は何度も私に会ったことがあるはずなのに、いつも初めて会うかのように話しかけてくる。
それは今日、実際に会ってみて本当の事なのだとわかった。
顔は当然知らなかったし、あの時の私がそう思ったように、写真に収めてその中で彼の姿を記憶しておくのも、なんだか今の私の気持ちが次にまた彼に会うときには変わってしまいそうで、少し嫌だった。
だから彼に会ったときにはいつも、私は戸惑ってしまうのだろう。まるで他人のように話しかけてくる彼に。
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