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でもなぜ彼はそんなことをするのだろう。
私は彼のことを覚えてはいないけれど、彼もそうだなんて、そんなことはありえないはず。
それなら少なくとも、私の病気のことを知っていないとおかしい。
それに日記の通りなら、彼は多くの時間を私に費やしてくれている。そんな人が私の知り合いじゃない、なんてことあり得るのだろうか。
彼のことを知りたい。
そう思うのと同時に、これ以上先へは進みたくないと思う私がいた。
もし私が彼のことを知れたとして、今の現状から先へ進んだとして、それがよい結果を生むとは思えなかった。
次に彼に会う私は、今日の朝の私。
彼の生きていく未来に、私は永遠に辿り着けない。
希望のある未来には…。
そんな思いを、アケミは日記に向けたペンの先に込めながら、明日の私が希望ある今日を生きられるようにと、例の書き出しを綴った。
「私は今日、初めての恋をしました」
今はこれでいい、これでいいんだと、今しかない彼女の日記は夢を書き連ねた。
これが一番残酷な未来の歩ませ方だと分かってる。
けれど、そう言い聞かせるしかなかった。
そのままペンを走らせていくと、いつの間にか文字が滲んでいるのに気付く。
少し濡れていた。
近くにあったティッシュペーパーを一枚取り出すと、濡れた部分にそっと押し当てるように水気を拭う。
しかし何度もあらわれる水滴に、今度は自分の目元にそれをあてがった。
ある程度おさまると、日記がまだ濡れてはいないかと、湿り気を確かめるように紙の肌に指をなぞらせる。
しかし実際のところは、何度も何度も、同じ行を撫でるように触れていた。
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