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やっぱりらしくない……。
だが今は使命を果たさせてくれと、もう一人の自分を何度も説得していた。そんな俺をよそに、花村はこちらに顔を向けてくる。
「小野寺さん、おでん、食べたくないですか?」
「何言ってんだ。スクープが逃げちまうぞ。」
「小野寺さんの好きな夢見屋のおでん。玉子と大根、あとはんぺんも…。」
「分かった分かった。ホシが出てきたらな。」
「あそこは、がんもと白滝もいいですよねー。」
「お前なぁ……。」
半ばあきれながら、俺はその日初めて、花村の顔をまっすぐに見た。
小雪の舞う、うるんだ空気の中に映る、花村の顔……。寒さのせいでほんのりと紅色を帯びた白い頬と、眼鏡で余計に大きく見えるつぶらな瞳。まだもの言いたげな薄い唇は、魂さえも吸い寄せられるようで。
これまで出逢ってきたどんな被写体よりも、目が離せなかった。
(ああ、これはまずい……。)
どのくらい経っただろう。恥ずかしさと申し訳なさで思わず下を向いた俺は、その姿勢のまま返した。
「……今日は何とか、ホシを押さえたい……。」
「……ですよね……。」
声のトーンだけで、花村の期待をどれだけ裏切ったのかが分かる。
「けど、明日もクリスマス、だろ?」
「えっ……? はい、それが何か。」
「だから。今日はイブで、明日でも、間に合うだろう? 平成最後の、クリスマス……。」
「一緒に、夢見屋。好きなもの、頼めよ……。」
あんな顔を見せられてしまっては片言にもなる。しばらく花村は動かなかった。うまく伝わらなかったかと思った次の瞬間、花村の体がふわりと浮かび上がりそうになって、
「はい!」
と、初めて聞く高さの声が響いた。
「あ、私替わりますね! 小野寺さんは休憩しててください!」
花村は何度か鼻をすすると、俺を押しのけてカメラの前に陣取った。
「頼む……。」
とだけつぶやくのが限界だった俺に対し、花村はまだ鼻をすすっている。
まさか、俺がファインダーにも視線を戻せないなんて。
ほんと、らしくない……。
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