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わざとぼかした淡い桜色を背景に、花びらを頭上に捉えて目を丸くしているわたし。
その写真を撮ってから梅雨の季節に入って間もなく唯人は撮影中転落死した。
雨上がりのせいもあったのか、岩場から滑り落ちるかたちで。
植物だろうと何だろうと被写体に感情を映そうとでもするように、場合によってはギリギリまで足を踏み入れるところが唯人にはあった。
カメラなんか放って──なんて言えるわけない。
発見された当時、唯人が抱え込んでいたカメラは破損した箇所がどこにもなかった。
シャッターを切る前から描いた風景を残すことに唯人がどれほど精を出して大切にしていたかを知っている。
亡き幼馴染のカメラを持って一年前に訪れた桜の前にわたしは佇んでいた。
けぶるような桜が舞い踊り目に映る景色が桃色に染められていく。
──去年とちっとも変わらないはずなのに。
突然吹いてきた風に花びらを奪われて取り残された細い枝。
茶色い枝の方ばかり、ぼんやり眺めてしまう。
散り散りになってもう二度と戻らない。
「桜ってさ、派手に散るから消えてくみたいだよな。だけどその頃の桜の枝にはもう芽が眠っているんだ」
いつか唯人が言っていた、桜のジンクス。
散り狂う花びらの向こう側にある、桜木へと照準を合わせてシャッターを切る。
ささやかすぎてわかりにくい笑顔。撮影のあと二人で稲光をやり過ごした帰り道。
失敗して焦がしたクッキーをなんでもないように齧っていた。通学路の錆び付いた標識。朝露を含んだ緑葉の夏の庭。
言えなかった二文字。
花びらに乗って浮かぶ、ひとつひとつを拾うように何度もシャッターを切る。
太陽光を受けて揺れる枝葉の間からきらっと散る桜を照らした。
あの日光ったストロボみたいに。
「俺には満開に咲いているのがみえるよ」
枝の方から唯人の声が息吹く。
わたしはそっとカメラを外して、取り囲む桜木を見渡していた。
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