水無月のなかで

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 「……ん?あれ人か?」  初めは何かの見間違いかと思った。雨の日の放課後だ。運動部ももう切り上げて帰ってしまうような時間帯の、しかも屋上。不自然でしかない。 でも見れば見るほど、雨に滲むそれは人影に見えて、気になって窓を開ける。 「ん、わ…。くそっ」 すぐに打ち付ける雨粒と戦いながら目を開けて、確信を持った。 (あれ、人や。多分男) ところどころを雨で持ってかれる視界の中で、必死に情報を取得する。 (放課後の屋上で…しかも雨の日に何やっとるんや。傘もさしとらん…。仁王立ちしてフェンスの近く……) どきり。今日一番の嫌な心臓の鳴り方。目で見た情報が、自分の中にある嫌な予感と結びついた。ぞわりと背中を駆け上がるいやな震えに、つばを飲む。 (まさか、な…)  その人影から目が話せない。 ふわり、ふわりと、その人影は不安定に揺れている気がした。 (体はフェンスの外か中か、どっちや?!……中、か?) 目を凝らしてみても、依然として雨に遮られる視界は情報を遮りがちで、肝心なところを明確にしない。 ザーザーと降る雨音が、ひどく耳につく。 (いや、ちゃうやん!こんなとこでじっと見とったらあかんっ!) 「おいっ!そこのオクジョーにおるやつっ!!」 体が震えるくらいに叫んだ。こんなに声を振り絞ったのは、中学時代の体育祭で応援団長をしたとき以来だろうか。 ふ、と影が動いて、こちらを見た気がした。 「そこ動くなっ!!まっとれやっ!!」 それだけを言い放って、俺は窓を離れ駆け出した。足はいつもより遅い気がして、いつも歩いている廊下はいつもより長い気がした。 すぐに息が切れる。朝走ったときよりも必死に、ただただ屋上にいた人影がまだその場にとどまってることを祈りながら走った。
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