26人が本棚に入れています
本棚に追加
家に着いた頃には、時計は十一時を回ろうとしていた。母に怒られないかと恐る恐る玄関ドアを開けて「ただいま~」というと、母が顔を出した。
「おかえり~、お風呂入りな~」
母は特に普段と変わり無かった。ほっと安心しながら階段を登り、荷物を下ろして風呂の準備をした。
熱い湯船に浸かって火照った体を、冷えた麦茶で冷ました。リビングのソファーでテレビを眺めていると、母が隣に腰かけた。
「今日、どうだった?」「打ち上げはどうだったの?」と訊ねられ、今日あったことを話した。疲れているはずなのに、口が言葉を紡いで止まらなかった。
「スイカ割りでね...」「打ち上げでは山田さんがね...」とひっきりなしに喋ると、母は楽しそうに聞いてくれた。
部屋を真っ暗にしてベッドに横になると、全身の力が抜けて、体が浮いているような感覚がした。疲れているから、布団のありがたみが分かるんだなと思った。
「苦あって、楽あり」
前にお寺で聞いたなと思いつつ、闇と無音に包まれた世界で目を閉じた。
あの頃は涙が溢れて止まらなかったのに、今では安心すらできることに不思議さを感じ、また同時に感謝した。
それは、私の存在を認めてくれる人たちを、本当に知ることができたから。今日を振り返ると、いろんな人の笑顔が、瞼の裏に流れた。
社会に出ると、自分なんかちっぽけで、いくらでも代わりが利く存在だと思ってしまうことがある。でも、誰だって本当は代わりなど利かない。
そう、哲学者のハイデガーが言っていた。
私は、誇れるような"私の人生"を生きたいと、そう思った。
最初のコメントを投稿しよう!