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此岸に消えろ
それはまるで、赤い海原のようだった。
緩やかな土手の一面に赤い彼岸花が咲いていた。風が吹き、波間を揺れ、潮騒のようにさざめいていた。
「ねえ、あの花って何て名前なの?」
ベンチの背もたれに行儀悪く座った健太が、土手を指さしそう言った。空には鱗雲、黄色くなり始めた下草、そろそろ秋に差し掛かろうとしている季節だった。
「あれは、彼岸花だよ」と、鈴原は言った。「九月の彼岸の時期に咲くから彼岸花って呼ばれてる」
パックのイチゴジュースを飲みながら健太は首を傾げる。
「彼岸ってなんなの?」
「簡単にいうと先祖供養だな」
「先祖供養?」
「墓参りに行って、先祖にお萩とかを供えるんだよ。彼岸って元はサンスクリット語で、極楽とかあの世って意味も含まれてる」
「へえ、やっぱり旭くんは頭いいなあ」
「彼岸ぐらい知っとけよ」煙草の吸いさしを地面に投げ、鈴原は立ち上がる。「今の内に少しは勉強しておけ」
分かったよ、と言う健太の濡れ煎餅のような笑顔を見ながら、鈴原は停めておいたバイクに跨る。
「馬鹿は死んでも直らない」と、鈴原は言った。「ここで、大人しく待ってろよ」
赤い花の、さざ波が聞こえた。
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