序幕 崩御

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 震える足を叱咤し、ホンウィは父の傍へ歩み寄った。  膝を突いて、顔まで覆われるように掛けられた衣を、そっと剥ぐ。  衣の下から現れた父の顔は、ただ眠っているだけに見えた。 「……父上……」  だのに、目を閉じた父は、もう呼び掛けに答えてくれない。  父上、ともう一度呼んで、今度は身体を揺する。けれど、結果は変わらなかった。 「……嫌だ……父上」 「世子(セジャ)様」 「起きてくれよ、父上。いつもの、ことなんだろ?」  臣下たちがいる、ということは、ここはこんな時でも公式の場だ。だが、ホンウィは素の口調で父に訴える。取り繕うことなど、できやしない。 「嘘だ……」  今朝は、元気一杯とまではいかなかったものの、それでも話をしていたのに。 (俺を見て、困ったみたいに笑って……) 『さあ、もう行きなさい、ホンウィ』  言って、父が頭を撫でてくれたのは、今朝のことだ。まだ、あれから一日も経っていない。 『終日、ここにいるわけにはいかないだろう? 大臣たちだって、私への謁見を控えてくれているのに』  離れるんじゃなかった。  そう思った途端、たちまち目の中に涙の幕が張る。  こうなると分かってたら、今日が最期だと知っていたら、今日一日くらいずっと一緒にいて、手を握っていたのに。  あっさりと溢れ出た涙が頬を伝う。絹の常服(サンボク)に滴が落ちる音が、やたら大きくその場に響いた。  それでいて、その音はどこか遠くから鼓膜を震わせたような気がした。  父上。  そう言ったのか言わなかったのか、それすらもう認識できない。  いつの間にか、姉夫婦や叔父たちが駆け付けたのにも気付かず、ホンウィは父にしがみついて慟哭(どうこく)した。
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