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第二章
一
2019年3月26日――
九曽美紗果は、鹿児島県伊佐市の郡山八幡神社にいた。
ここ郡山八幡神社は、2019年現在、『焼酎』という名称が確認できる最古の記録があることでも有名になっている神社だ。
今から500年近く前――永禄2年(1559年)の8月、八幡神社の本殿を修理した際に、その工事を手伝った作次郎と助太郎という男らが、柱の楔となる木片に、
『このとき、神主は焼酎を飲ませてもくれないようなケチだった。残念なことだ』
という旨の落書きをしていたのだ。
なんとも罰当たりな男たちだ。
だが、それが日本史にとって重要な記録になっているというのだから、歴史は判らない。
美紗果は、つい先ほど、境内を掃除していた氏子の男性と話をして、その現物を見せてもらったところだった。
やはりと言うか、とても興味深い物だった。
文字が汚い。
とはいえ、当時の教育・識字率を鑑みると、そもそも、地方の一介の大工がこれほどの文字を書けたことには驚かざるをえない。
少なくとも、下っ端ではありえない。あるいは棟梁だったのかもしれない。
だが、もし上位の職人だったとすると、今度は別の疑問が湧いてくる。
自らが造り上げた神聖な本殿に、愚痴を落書きした部品を隠すだろうか?
……やっぱり、とても興味深い。
にもかかわらず、美紗果が探した限りでは、この疑問点を指摘している研究者等は一人も居ない。
ここに大きな謎があるのに、誰も見向きもしないのだ。
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