序章 レクイエム 《Requiem》

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そこから聞こえるモーツァルトの「レクイエム」が、雨音に混じって、静かに車の外に流れ出してきた。 「シスター・ベルナドット、これは……」 「『機関』の長、シスター・テレジアの、最期のお姿です」 傍に立つ男の問いに、ベルナドットと呼ばれた女が静かに答えた。 「シスター・テレジアは、私たち同様、特別な能力をお持ちでした。手で触れたものすべてを金の像に変える、具現化能力『マイダスの女王(クィーン・マイダス)』。 ――ご覧なさい、手の中に、機密情報のディスクがあります。シスター・テレジアは自分とディスクを物言わぬ像に変え、敵から機密を守り抜いたのです」 男たちが、思わず顔を逸らす。眉ひとつ動かさず像を見つめる修道女の目から、涙がひとしずく、こぼれ落ちた。 「安らかにお休みください。――死者の魂に、平安のあらんことを」 ベルナドットと呼ばれた修道女が、静かに十字を切った。そして、男たちのほうを振り向いて、毅然とした態度で命令した。 「前機関長シスター・テレジアは、殉職されました。総本部の命により、現時刻をもって私が『機関』の指揮を執ります。 そして、これが最初の命令です。――彼女を死に至らしめた犯人を探し出し、生死に関わらず、その身柄を確保するのです。よろしいですね?」 「了解しました、ベルナドット機関長」 男たちが、不動の姿勢で敬礼する。満足したように頷くと、シスターがスカートの裾を翻して、ふたたび、闇の中へと姿を消した。 ――その光景はさながら、光と闇に彩られた、一枚の宗教画。その強烈なコントラストに圧倒されるように、警官たちは、いつまでもその場所に立ち尽くしていた。
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