第一章

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恋人が、死んだ。 否、死んだときには別れていたから、正しくは元恋人。 でも、司にとっては元恋人ーー零は生涯唯一の愛する人だった。 そんな零が、司ではなく司の家を優先させて一方的に別れを告げて、死んだ。 末期の癌だったことも一言も司には告げずに、ひとりでひっそりと逝ってしまった。 同性だから子供を産めない、家柄でさえ釣り合わないと、司ではなく御堂家を優先されたのが悲しかった。 苦しんでいたはずなのに、ひとりで死の恐怖と闘っていたはずなのに、病気のことを何も相談してくれなかったのが苦しかった。 零がいなくても司は幸せになれるのだと、零をその程度に扱っていたのだと思われていたのが許せなかった。 だから、これは。 零に対する、人生をかけた復讐なのだ。 由緒ある御堂家の長男、司と名家のご令嬢との結婚式は、雲ひとつない晴天に恵まれていた。 厳かに行われた挙式の後、幸せそうな笑みでフラワーシャワーを浴びる新婦と口元に微かな笑みを浮かべた新郎の姿は、端から見ればまさに美男美女の理想的なカップルだ。 どこからどう見てもお似合いのふたりにため息をついた参列者達が、口々に挙式の素晴らしさを褒め称える言葉を交わしながら披露宴会場へと向かっていく。 新郎の友人、慎哉もその流れに逆らわず歩みを進めるなか、ふと巡らせた視線の先に、先ほど誓いをたてたばかりの新郎がチャペルへ歩いているのを捉えた。 明確な意志を持って進んでいく姿に違和感を覚え、そっと人の流れから外れた慎哉も後を追いチャペルへ向かう。 少しだけ開いた重厚な扉の向こう、誰もいないはずの祭壇の前に佇むのは、真っ白な新郎衣装に身を包んだ親友、司だった。 追いかけてきたことに気付いていたのだろう、近づく慎哉を振り返った司はいつもの飄々とした笑みを浮かべていた。 「慎哉なら、来ると思ったよ」 「忘れ物、なわけないよな。披露宴がもうすぐ始まるのに何をやっている」 「大丈夫だよ、式場側には最初から伝えてあるからね」 「…何をする気だ?」 「俺の、本当の結婚式さ」 「な、」 目を見開く慎哉の前で司は、先ほど妻となる新婦と交換したばかりの指輪をするりと左の薬指から抜き取った。
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