第二章

2/4
前へ
/21ページ
次へ
御堂司の妻。 熾烈な競争を勝ち抜いてその座についたのに、恵里の心は時が経つ程に空虚で埋め尽くされていた。 病院の帰りに立ち寄った実家で皆に喜ばれ浮き足立った思考が、御堂の家に近づくにつれ重く沈んでいく。 御堂家の跡取りを生むこと 司と結婚するにあたって、司本人直々に出された唯一にして絶対の条件を達成したことは喜ぶべきことだと頭では分かっている。 けれど、どう想像しても、夫である司の喜ぶ顔が浮かんでこないのだ。 もちろん、御堂家の跡取りを妊娠したことに対しては恵里を評価してくれるだろう。 そして「無事に出産できるよう、今以上に気を付けて生活しろ」と言われるに違いない。 そう、部下に言い渡すときの表情と口調で。 結婚してからずっと司の恵里への接し方は、丁寧だけれどもどこか部下を相手にしているような雰囲気だった。 夫婦の空気などどこにも感じられない。 だからこの妊娠を、司が「夫」として喜ぶところが想像できないのだ。 御堂家に嫁いだ以上、子を成すことは義務だと覚悟している。 けれど司は、まるで妻の役割はそれだけだと言わんばかりに恵里に関して一切の興味を持とうともしなかった。 御堂家の跡取りを生む。 司が恵里に望んでいるのは、ただそれだけなのだろう。 恵里との間に「夫婦の安らぎ」など求めていないのだ。 1日の中で恵里が司と顔を合わせるのは、司の出勤時と帰宅時、直接の言伝てがあるときだけだった。 いつも忙しそうにしている司は、休みの日でも終日書斎に籠って仕事をしている。 夫婦で出掛けたことなど一切なかった。 そばに行きたくても、恵里は書斎に入ることを許されていない。 この家で絶対である司には逆らえず、最低限の食事を終えればすぐに書斎に向かう司の背中を見つめることしかできなかった。 たまに来る司の友人達の方が恵里よりも司と顔を合わせている時間が長いかもしれない。 友人と会った瞬間、司が見たこともないような穏やかな表情をすることがまた、恵里の心を苦しめた。 恵里が入れない書斎に、彼等は入れる。 友人以下の存在だなんて思いたくなかった。 「じゃあ、また」 「あぁ、わざわざありがとう」 聞こえてきた話し声に、リビングにいた恵里は急いで扉へと近づいた。 見送りは断られているから出ていくことはできないけれど、微かな会話なら扉越しでも聞き取ることができる。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

54人が本棚に入れています
本棚に追加