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空にたなびく紫雲の上に、十六夜の月が昇った。
ようやく出た感のする丸いそれは、梶尾藩主が治める館林の小さな城下町に白々とした光を投げかけている。
暮れ六つ半(午後七時)の鐘が鳴り終わると、城下の南にある花街の通りには一斉に紅の花提灯に火が入った。
そのぼんやりと霞むような橙色の明かりに誘われて、ひとり、またひとりと侍や大店の若旦那衆が現れては、一時の逢瀬を楽しむべく遊廓の中へと吸い込まれていく。
にわかに活気づいてきた花街の通りに面した旅籠の二階から、一人の若い男がその様子をじっと見つめていた。
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