4. 感動する小説を書くのは

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 僕はずっと、闇の中でも清かな光沢を帯びて輝く、九王沢さんの瞳を見つめていた。確かにそうかも知れないと思った。今、彼女が口にした、好きになって下さい、の『好き』はそのまま置き換えられることなのだ。極論だが、 「これを読んで感動してください」  と主張する小説は少なくとも、本質的に『感動する』小説にはなり得ない。なぜなら僕たちは、それぞれ勝手に『感動する』のだ。究極的になり得ない、他人の話から自らの中に共通点を見出して。  つまり僕たちはどこまでも、『自分自身について』感動している。いや、もっと言えばそれを理解し合える他人が存在し、自分の大切な感情を共有しえると感じられることに喜びを見出すのだ。  絶対的に『違う』彼岸にいるはずの僕たちは、それでもつながろうとして『感動する』のだろう。 「ここで必要なのは、『想像力』です」  九王沢さんは秘密の扉をそっ、と開けるように言った。 「わたしたちの『感性』は、それぞれ違うデータバンクで形成されています。しかしあるたった一つのイメージで、同じ検索結果がともに現れたとき、わたしたちは『伝わった』と判断します。つまりそれが、恐らく『共感する』と言うことなのでしょう。しかしここで一つ注意したいのは、それが完全な一致がもたらしたものではない、と言うことです」  僕はそこで密かに息を呑みそうになった。九王沢さんが、『感動する』ことが『好きだ』と言うことと、同じだと表現した本当の意味に気づいたからだ。 「突き詰めたら、実は『違う』と言うことしか分かりません。だから不完全でいいんです。必要なのは、不完全な『正解』なんです。『不一致ではなく、一致に近い不一致』」  と、言うと九王沢さんは謎めいた笑みを投げかけて僕の表情をうかがった。 「これがわたしが、那智さんに教えてもらった『好き』と言う意味だったと思うんです」  突然ぱらぱらと火薬が弾ける音がして、紅い光が、九王沢さんの美しい顔を脇から照らした。闇の中で光る瞳はより一層きらきらして、僕は花火よりもむしろそこから、目を離せなくなりそうだった。 「花火が始まったみたいですね」  しかし九王沢さんは、その視線を外した。僕はやっとそれで、我に返った気がした。そうだ、九王沢さんは何より花火を楽しみにしていたんじゃないか。
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