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「いい小説を書けば、九王沢さんと付き合える!」
文芸部の部室に行くと、もっと大変だった。どう見ても狂信的としか思えない偏った思想が、ほぼ一般常識として蔓延していたのである。
「那智程度の小説で、九王沢さんが彼女に出来ると言うのは絶対おかしい。この文芸部にはもっと、優れた小説書きがいる。それを踏まえた上で、九王沢さんには公正な評価を頂きたい」
と、言うわけでいつもはすっかすかの前期の会報誌の原稿に応募が殺到し、現時点での掲載予定のページ数は規定をはるかに超えた。大手出版社の新人賞並みだ。
「ちなみにこれ、みんな載せて製本すると、一冊とんでもない製作費になりますよ?」
依田ちゃんの危惧はこれだったのだ。
お蔭で編集会議は大荒れである。いつもはファミレスで好き勝手な提案しながら、だらだらやっていたのが、掲載を要求するプリントアウトの山の消化作業で、いい加減、うんざりした。
とりあえず一人一作にすることを条件にしたので、それでも掲載原稿は減ったのだが、最低でも春と夏に分割して掲載しないと消化しきれなくなってしまったのだ。
「これ何とかしないと、いつまでも続きますよ?」
まさに、お前のせいだと言うように紙爆弾を投げ寄越してくる依田ちゃん。これなんか百枚の私小説だと言うが、裏に写真入りの履歴書がついていた。こうなると、文芸だか婚活だか分かりゃしない。
「いいよ、じゃあ、僕さ、しばらく書かないから。その分ページ数浮くだろ」
「馬鹿ですか!?つーか責任逃れですか!?」
二つの異なる罵倒を依田ちゃんはほぼ同時のタイミングで投げつけてくる。僕の前ではいつも、抜群にキレッキレだ。
「先輩が責任取らなくてどうするんですか!何とかして下さいよ。根本的な原因解決が出来るはずです」
「なんだよ根本的な原因解決って…?」
「いいですか。そもそも皆は、九王沢さんに振り向いてもらいたいばかりに先輩よりいい小説を書こうと躍起になってるんですよ。だったら話は単純じゃないですか」
それはつまり、九王沢さんを振り向かせようと、躍起になっている連中を納得させるだけの。
もっといい小説を書けばいい。
なるほど道理だ。うん、間違ってないよ。
「で、それ誰が書くんだって?」
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