4. 感動する小説を書くのは

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4. 感動する小説を書くのは

「感動する小説…感動する小説…」  冷房病になりかけた頭の中でぐるぐるその単語が回る。うっかりそのままそれを原稿に書いてしまうところだった。  ああ、もう四時だ。結局、夕方になってしまった。小説は一行たりとも進んでいない。大体無茶なのだ。プロ作家じゃあるまいし、こんなに根詰めて小説が書けるはずがない。一行たりとも進まねえ。ああ、やってらんねえ。  さっきまで一時間ごとに九王沢さんに原稿を見せろとせっつかれて困ったが、もう鬼編集者の根気もつきたのか、声をかけてくる気配もない。それはそれで、寂しいっちゃ寂しいが。  がらんとした部屋を僕は見回した。すると、さっきまで部屋の隅にいた九王沢さんがいない。あれ、トイレかな。やけに静かになったと思っていたが、そう言えばさっきまで九王沢さんも何やら海外に送る記事みたいなものを、ちょこちょこ書いていたのだ。 「那智さん」  と、思っていると、がらりと寝室のドアが開いて驚くべきものが姿を現した。なんと、髪の毛を後ろにまとめて青い朝顔の柄をあしらった白い浴衣を着た九王沢さんが、そこに立っていたのだ。不意打ちな上に、物凄い破壊力に僕は一瞬、言葉を喪ってしまった。 「そっ、それ…?」 「今日は花火があるらしいので、持って来たんです」  いつもの五倍増しくらいのかわいい天使の笑みで、九王沢さんは微笑んだ。 「そろそろ夕涼みに出ませんか?」
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