第1章

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「あ」柔らかい声が降ってきた。さっと離れる体温。少しして手のぬくもりだと気付く。顔がまた火照ったのを感じた。男の人の手。でも、綺麗な手だ。節だっていない絹のような滑らかな手。薄く開けた目で彼の顔を見上げる。長い前髪だけど、下から見上げると瞳がしっかりと見えた。 「気付いた?」彼が尋ねる。 「うん」答えて、目をしっかりとあける。「わたし……」 「びっくりしたよ。ちょっと外の空気をと思って窓を開けて女の子がいるなと思ったら倒れるんだもの。熱中症だね。今日は暑いよね。麦わら帽子は忘れたの?」そう言って水を飲むようにすすめる。 「ごめんなさい」上体を起こす。そっと背中を支えて起き上がるのを助けてくれる。思わずうつむく。出された水のボトルを受け取る。キャップははずされている。彼は、「水換えてくる」と言って洗面器を持って立ち上がった。黙って頷く。彼が出ていくのを見送ってから二口水を飲んだ。喉を通る水が甘く感じた。 「緋山小夜子です」彼が戻ってきたので自己紹介をしてお礼を言った。 「青井正太郎」彼も名乗る。 「これ」と言って正太郎は皿を差し出す。「母親も誰もいないから何もないんだけどレモンがあったから。水分だけじゃだめみたいだよね」 「だめ?」 「熱中症。塩分とかも取らないとって。だからレモンもいいのかなって」 「塩じゃ、ないよね。酸っぱいよ」と言いながら輪切りにされたレモンを一切れ口に入れる。 「す、」すっぱい。けど。 「大丈夫。かけてきたから」  塩辛い。レモンの塩かけか。砂糖をかけたレモンは食べたことあるけど、塩は初めてだ。でも、まぁこれもありかな。何より体が塩気を欲していた。思わず笑った。彼もつられて笑った。  笑いながら、ふと彼の言葉を思い出す。母親も誰もいない。二人きり。初対面の男の人と。それに気付くと途端に怖気づいた。優しそうな声に優しそうな笑顔だけど、男は獣よと散々おかあさんに言われてきたのを思い出した。  ぱっと立ち上がり距離をとる。ぐらり。あ。  いきなり立ち上がったのがいけないのだろう。立ち眩みだ。小夜子は女としては背が高いほうで168cmある。そのためかよく立ち眩みをする。  よろけた。危ないと言って彼がさっと支えてくれた。 「無理しないほうがいいよ。家の人呼んだら?僕が代わりに電話しようか?」
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