第1章

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 小夜子は床に座り深呼吸をする。立ち眩みはあったものの、熱中症は軽かったのだろう。そして彼の救助も早かったのだろう。顔の火照りは残るけど大丈夫そうだ。 「家すぐ近くだから大丈夫。一応おかあさんには電話するけど」そう言って今度はそろりと立ち上がった。うん。大丈夫。帰れそうだ。 「本当にありがとう」頭を下げてお礼を言う。 「どういたまして」彼は噛んだ。でも、彼は照れることもない。気付いてもいないのだろうか。なんだかそれがかわいいなと思い小夜子は口角をあげた。にやけた。  玄関で向き合って今度改めてお礼に来ると告げる。そんなのいいよと手を振る彼に、いや絶対来ますと言い張る小夜子。玄関でなにやってんだと言い二人で笑った。 「そういえば」と言って小夜子はピアノを弾く真似をする。「やるの?」 「あ、聴こえてた」ぼりぼりと寝ぐせのある髪をかく。「うち、防音部屋ないんだ。だから昼間だけ弾いてる。――いや、本当は夜も静かに弾いてる」 「静かに弾けるの?」 「たまにしか苦情は来ないよ」と真顔で言う。 「そっか。たまにか」 「うん。たまに。多分出来が悪い時じゃないかな。出来のいい時は、自分じゃ気付かないんだけど、音大きくなってるみたい。でも文句言われたことない。ただ」 「ただ?」 「みんなが聴きに集まって狭い部屋がむさくるしくなって困った」  それはそれは。聴衆と化してるじゃないか。でも、わかる。あの音は聴きたくなる。目くじら立てるより聴衆として、応援団として来てしまったほうがいい。近所なのだから。小夜子は少し羨ましいなと思った。 「じゃそろそろ行くね」 「気を付けてね。倒れる時は人目に付くようにね」 「大丈夫だよ」 「本当は送ってあげたいんだけど――」 「いいよいいよ。近いし」 「あまり外出れないんだ。見てわかるように」正太郎は手を広げて、さぁ見てと言わんばかりにする。「健康じゃないんだ」  ああ。やっぱり。でも。 「でも、綺麗な肌だよ。その白さ好き」 「え」 「え?」  小夜子は言ってから冷静になって何を言ってんのと思い頭を抱える。もう何も言えず顔も見れずにドアを慌てて開けると、じゃ、とだけ残して足早に去っていった。  その日の最高気温は37度を超えた。  でも小夜子の体感では40度を遥かに超えた。もうすぐ18歳を迎える夏の日だった。 2
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