馳ぜて 溶けて 落ちる

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菜乃と初めて会ったのは、俺が高校一年生のときの、木々が色づき始めた10月の日曜日だった。 季節は、目が眩むような夏の蒸し暑さを未だに引き摺っていた。 「伊織(いおり)。こちらが高幡(たかはた)さんの娘さんで、菜乃花(なのか)ちゃん」 玄関先で、父は俺に、柔らかな余所行きの声を落とす。 (のち)に義母となる、夏の日差しのように笑うその女性に隠れるようにして、硬い表情でこちらを見上げた菜乃。 まだ中学生になったばかりの彼女は、ひどく不安げに父と俺の顔に視線を巡らせ、そして俯いた。 大人しそうな、でも可愛らしい顔立ちをした菜乃は、その後一度も俺の顔を見ることなく、リビングのドアを潜った。
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