飛行機雲

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その日、母さんが階段から落ちて死んだ。 俺は、それ以来空を見上げなくなった。飛行機雲がこわくてたまらなかった。 高校は中学の知り合いが少ないところを選んだ。 中学時代のダサいメガネをコンタクトにして、髪を茶色に染めた。とにかく中学までの自分を捨てたかった。すべてを忘れたいと願った。 高校に入ってからは、ほとんど空を見上げなかった。それにともなって、不思議と奇妙なことや嫌なことはなくなっていった。 友達もたくさんできた。 次第に、飛行機雲への恐怖も薄れていった。 高3の春。ある昼休み。 いつもなら教室で食べる弁当を、今日は屋上で食べることになった。 どうやら、長瀬は俺に大事な話をしたいらしかった。 二人で日向に腰を下ろして、弁当を広げる。 「・・・で、今日は、どうした?」 そうたずねると、長瀬は気恥ずかしそうに下を向いて、頭をかいた。 「いや、それが・・・。」 「何だよ。」 俺が聞き返すと、「うん、じゃあ、言うぞ。」といって、やつは深呼吸をした。 「彼女が、できた。」 俺はちょっと驚きながら、「よかったじゃん。」とだけ言った。 「さんきゅ。」 長瀬はそう言って、嬉しそうに笑いながら、好物の卵焼きをかじっている。 「で?相手は誰なんだ?」 俺が茶化すように尋ねると、長瀬は少し困った顔をした。 「うーん。それが・・・。」 長瀬が渋るので、「なんだよ、言えよ。」と、俺は奴をせかした。 「実はその・・・加奈だ。吉田、加奈。」 吉田加奈___その名前を聞いた瞬間、俺の笑顔は凍りついた。 「・・・加奈?」
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