笑う人

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一瞬驚いたけど、そうこうしているうちに、私も少しずつ匂いに慣れていった。店内をボーっと眺めているうちに、カチャン、と音を立ててカップが目の前に置かれた。 「いい匂い」 コーヒーを目の前に出された時の第一声、第1位に輝きそうな言葉を口に出すと、男性はにこりと微笑んだ。なんだか恥ずかしくなり、そのまま無言でコーヒーを一口、口に入れた。 「おいしい!」 コーヒーを一口飲んだ時の第一声、第1位に輝きそうな言葉を口に出すと、男性は安心したように、今度は満面の笑みを浮かべた。 「良かったです」 「本当に、おいしいです。今まで飲んだコーヒーの中で一番おいしい」 本心だった。スーパーで買うような自家用コーヒーくらいしか飲んだことがないから、あまり比較対象がないけど、他の物を飲まなくてもわかる。これは、世界で一番おいしいコーヒーだ!と思った。自分はそれを飲んだだけなのに、なぜか誇らしい気分だった。世界で一番おいしいコーヒーはここにありますよ!私の目の前に!と富士山の山頂から叫びたい気分だった。この気持ちは、なんと言うのだろう。嬉しい。楽しい。違う。ああ。私が感情をうまく言葉にできる人間だったら、どんなに良かっただろう。おいしい、と思ったことは、充分伝わっただろうけど、なんだか自分に歯痒さを感じた。
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