第七章 眠る猫、狂う猫 二

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「人形の顔は槇原 聡という、陶芸の職人が作っていた。槇原は、最愛の恋人を病気で亡くし、愛犬も最近亡くしてしまい、人形を作り始めた」  槇原には、大学時代から付き合っていた彼女がいた。槇原は陶芸をしながら、飲食店でも働き、彼女は会社勤めをしていた。槇原が陶芸で食えるようになったら、結婚しようと約束していて、それが叶うという時になって彼女は入院した。  彼女は癌で全身に転移していた。槇原は、彼女に見せる為に皿やカップを焼き始め、その鬼気迫る迫力に、作品は次々と賞を取っていった。しかし、彼女は弱ってゆき、やがて眠ったまま起きなくなった。 「そのまま眠るように亡くなってしまったけれど、彼女が、最高の品と私を燃やしてと言い残したせいで、槇原は狂ったように陶芸に打ち込んでしまった」  その槇原に、顔や手を陶器で焼いて欲しいと頼んだ人がいたらしい。 「頼んだのは会社を経営している、田中 太郎という人であった。何に特徴も無い、埋没する個性の持ち主であったが、熱意があった」  田中は、最愛の人を無くした悲しみを知っていて、その人との子供が欲しいと言った。例え人形でも、自分と相手の面影を残して、永遠の命を与えたい。人造でも、魂を持って欲しいと願っていた。 「……人造の魂の製造というのを、田中は公開しています」  寒河江が隅で食事をしていた。寒河江は鍋から遠く、なかなか取る事もできない。そこで、道端が寒河江にモツや野菜をとっては渡していた。 「集団生活馴染めないタイプというのが、どこにでもいるものです。でも、取り柄はある」  俺は広井に食べ物を奪われていて、ほぼ食べていなかった。ここの食事は、弱肉強食で常に俺は弱者らしい。  でも、俺も自分用の鍋を取り出すと、コンロで作ってみた。 「兄さん、一人鍋ですか……」 「俺が、この競争に勝てるかよ」  新悟が俺の横に座ると、一緒に一人鍋を食べていた。 「兄さんのは激辛なのですか……でも、美味しいです」  新悟も辛いものに強いので、激辛でも顔色一つ変えなかった。すると、広井がやって来て、肉を箸で摘まんで食べて、転がっていた。 「辛い……」 「……激辛だと言っているでしょう」  転がる広井を放っておいて、俺は食事を続けておく。 「人造の魂は……」   寒河江は、淡々と説明を続けていた。
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