第七章 眠る猫、狂う猫 二

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 明海は激辛が平気でも、やはり猫舌なので熱いものは苦手らしい。皿を見つめて冷めるのを待っていた。 『猫には喜怒哀楽の喜怒しかない。喜びとは食だよね……食を得るということは生きるということで、笑う事ではない』  猫が笑うということは、猫が狂っているという事であるという。人も同じで、はるか先祖は、喜怒哀楽の内、喜怒しか無かった筈だという。哀楽を得た人間も、狂っているのかもしれない。 「心を持つと言う事は、狂気を持つということですか」 『そうともいえる』  明海の方が年上なので、言葉に説得力がある気がする。 「田中は人形に魂が宿ると、回収しようとします。でも、持ち主は渡しません」  田中は、自分の人形に魂が入らない事に悩んでいるらしい。そこで、様々なパターンを検証しているらしい。 「人形の魂なのか……」  死保には、動物の魂も稀にはある。でも、動物というのは、人間のように迷う事がなく、成仏してしまうものらしい。人間が成仏に迷うのは、心を持ったせいとも、狂気のせいとも解釈されている。 『動物を飼っていると、迷う事なく先に逝く動物に付いて、自分も成仏できる』  では、俺も明海についていれば、やがて成仏できるのだろうか。 『この人形の魂は成仏があるのか。そもそも、死のないものに、魂を入れてもいいものか?』 「そうですね。俺みたいに早死にする者でも、こんなに悩んで悔やむのですからね。永遠というのは、狂気しかありませんね」  人形のパーツを作っている槇原は、このまま陶芸を続け、恋人の弔いの道を歩むだろう。でも、田中という人物の存在は、とても気になる。 「新悟……田中に会いに行ってみよう」 「そうですね……兄さんが一人で行ったら、人形の生贄にされそうですからね」  食事が終わり、片付けをすると、興梠が資料を渡してくれた。何の資料かと見てみると、収支報告の他に、住所と家族構成のリストがあった。 「死保は、人形を全て回収してくるように言っています。手分けして回収してきましょう」  名目は人形供養とし、魂が入る程に可愛がられた人形を、永遠に眠らせる事にしておく。死保の現世チームも回収をするというので、サポートすればいいらしい。 「人は面倒で、人に裏切られると、もう二度と人を信じないと思いつつも、寂しくてたまらなくなる。裏切らない人などいないと、割り切れない人も多くてね……」
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