第八章 眠る猫、狂う猫 三

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 新悟と車で入ると、寒河江の案内で部屋を取った。でも、部屋に入らずに、高原の部屋のドアに耳をつけて、音を確認してしまった。かなり静かであったので、ドアをそっと開けて、中に顔を入れてみた。 「高原さん、愛しています……俺には貴方だけでした。貴方と過ごした日々が、俺の全てでした……」  この部屋で合っているらしい。田中はブツブツと呟き続けていて、何かがおかしい。まず、高原の存在を感じない事があるが、他に田中の呟きが支離滅裂であるせいもある。 「俺は、高原さんとの子供を育てていますよ…………フフフ……可愛いでしょう。目元は、高原さんにそっくりです……口は俺ですね」  田中の呟きは小さく、吐息のようであった。そっと、中に入って高原の存在を確認してみると、ベッドの上に田中の姿を見た。 「……高原さん、どうして……触れられないのですか……こうして、目の前にいるのに。貴方は、あの時のままなのに……」  田中は俺の存在に気付いていないので、更に近寄ってみた。すると、高原は頭から血を流し、目を見開いたままになっていた。一瞬、田中が殴ったのかと思ったが、これは高原が自分が死んだ状況を思い出し、再現してしまっているのだ。  高原は、頭を強く打ち付けて死亡したらしい。そして、高原の身体が溶けるように腐ってゆきそうになっていた。 「高原さん、意識を取り戻してください!」 「!!!、君は何だ?どこから来た?」  高原に駆け寄ると、抱き起こしてみた。腕が腐り、落ちそうになっている。匂いも、腐臭が漂っていた。 「市来君?そうか……俺は、消滅するのか……思い出した……」 「高原さん、消滅などさせませんよ!」  俺は、バスタオルを敷いてから、高原を起こすとそのまま背負った。 「俺は、納品先で……トイレを借りて、出た所から近道して車に行こうと裏手に出た……そこには、小さな川が……用水路かな……雨の次の日で増水していた」  高原は足を滑らせて転落し、用水路の縁で頭を強打して死亡した。死体はそのまま川に落ち、今もどこかの川底にあるようだ。 「……納品先にも、家族にも迷惑をかける……だから、死ねないと思った」  死ねないという強い思いが残り、高原は自分の死を忘れてしまった。 「俺は、死なないといけない。そうしないと……息子が」
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