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「ああ、お話いただいていた鈴山チセさん、ですね。ようこそお出でくださいました」
そう言って、鈴山チセという名の女性を閑散とした家畜舎の中に入るように手で促した。
名前を呼ばれた女性は少しほっとしたようにうなずいて返し、それから品の良さを窺える帽子を脱いで会釈をした。
名乗る前に自分の名前を呼ばれたのは、相手の男が自分の要件を把握しているからに他ならない。だから、彼女は安心して、少し遠慮がちに足音を反響させる建物の中に歩を進めた。
「もう、少ないようですね」
家畜舎の中に歩み進んだ女性が周囲を見回しながらつぶやいた。
「ええ、もうこれで最後です。少し、いえ、大分……寂しくなります」
男は手にしていたモップを積み重なった空のケージの壁に立てかけてから、女性に尻を突き出して屈み、“これ”と呼んだものが入ったケージを軽く持ち上げて胸の前に抱えた。
「まあ、可愛らしい」
男はその時、初めて訪ねてきた女性の顔を見た。ぱっと華やいだ女性の表情を見て、少し嬉しくなって自身も口角を少し上げた。
男が掲げたケージの中には真っ白な毛に覆われた毬のようなものが入っている。
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