■第二章 帝国陸軍のウサギ

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 ぐったりと力を失っているアパートの住人、いや、住兎を目の当たりにしたからだ。  兎舎は、陽当たり良好、南向きの造りだった。それが、この毛むくじゃらのウサギたちには暑すぎる。まして、色素のないアルビノである採毛用アンゴラウサギにとって温暖な日本の直射日光は凶器そのものだった。  幸男が良かれと思って設計した南向き住宅は、春から夏場にかけてウサギたちをじっくりコトコトローストするオーブントースターと化していた。  チセは「出勤」すると風通しの良い木陰に手置きの柵を並べて放牧スペースを設営する。そして、病人のように力を失くしたウサギたちを一羽一羽丁寧に木陰へ搬送し終えるとようやく一息つくことができる。  ぱたぱたと団扇を扇いでウサギたちに風を送るチセは、真っ白なウサギたちに対してまだ春爛漫の盛りながら黒く日焼けしていた。  肌がひりひりしている。それでも、生気を取り戻して木陰に生い茂る青草を食むウサギたちを見ているとチセは幸せな気持ちになる。  ウサギは縄張り意識の強い動物だが、喧嘩を始めない限りはまったく手がかからない。チセはゆっくりとした春の時間をウサギたちと一緒に過ごす。  太陽が西に傾きかける時間帯。 「御免下さい」  アンゴラ兎興農社に来客があった。     
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