■第二章 帝国陸軍のウサギ

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「大陸北部は寒さに慣れている我々東北の出の人間でも体に堪える。しかし、日清戦争の教訓を踏まえ、日露戦争では被服廠が寒冷な高緯度での戦いを想定して寒地用防寒服を開発した」  日清戦争の主戦場は満州よりも南の朝鮮半島。しかし、朝鮮半島の北部ですら日本軍兵士には凍傷者が続出したのだ。  憲三はそこまで話を聞いて、戦争による需要の増加の理由を理解した。 「……なるほど。つまり、日露戦争では防寒具に使われる毛皮の需要が高まったのですね」 「然り。戦争は家畜の需要を高める。仮想敵国をどこに置くかで度合いは変わるが、軍需品に多く家畜の皮革、毛は用いられる。もちろんウサギの毛皮もだ。赤羽の陸軍被服本廠は、このアンゴラウサギというウサギではないが、ウサギの毛皮の処理場も施設の大部分を占めている」 「戦争は、いつ起こるのですか」  問題は、そこだった。憲三は軍人ではないし、戦争が起きようものならそもそも憲三が救いたいと思っている貧しい農村がますます困窮してしまう。でき得るものなら、戦争が起きる前にアンゴラウサギの採毛養兎事業を商業ベースに乗せねばならない。  憲三は私利の気持ちではなく、貧しい農家を代表する気持ちで石原に訊ねたのだ。     
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