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「いや、せっかくだが遠慮しておこう。これから私はスイスに飛ばねばならない。その間、人に預けることになってしまう。いただいたものを右から左にしてしまうのも悪い」
そう言って数回毛並みを確かめるようにこすった。チセはわずかに変わった石原の表情を見て、良い感触だったろうなと思った。
「そうですか……何か、お手伝いできることがあればよいのですが」
「なら、一つ聞いてくれないか」
「なんなりと」
「あなたと、その子と、あとウサギの写真を撮りたいのだが、良いかね」
石原は軍服のポケットからドイツ製の小型カメラを取り出して言った。憲三は当然ながら快諾し、チセとウサギともども写真に納まった。
夏に差し掛かかった季節の日没は、遅い。
しかし、長く話し込んでいたせいで辺りは薄暗くなり始めていた。四方山話を切り上げて石原はアンゴラ兎興農社を後にしようとした時、チセは
「ねえ、石原さん」
石原を呼び止めた。
「ん、なんだね」
チセはひとつ、疑問を抱いていた。
「これからウサギの毛が黄金になるのなら、石原さんも軍人を辞めてウサギを飼った方が儲かりませんか。戦争が起きるなら、危ないでしょう。ウサギを飼ってれば、安全にお金儲けができるでしょ」
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