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チセの質問はある種不敬なものだったが、石原は子どもの言うことにわざわざ腹を立てたりはしなかった。石原は上司には辛辣苛烈で知られる反面で、部下や婦女子には優しく、チセの質問にも丁寧に答えた。
「はは、違いない。だが、齋藤さんに貧しい農家を助けるという夢があるように、私には私の夢があるのだよ」
「へえ……じゃあ、石原さんの夢は……陸軍だから、陸軍大将になること、とか?」
「それは私が君くらいの時の夢だな。今は、違う」
「じゃあ、今の夢は何?」
「五族協和と王道楽土……噛み砕いて言えば、東アジアの民族が協力して理想郷を作ること、といったところだ」
五族協和と王道楽土、それは満州国の建国理念だった。
石原はアメリカやソビエトといった大国と戦争をして勝てる力は日本にないと考えている。大国に伍するには、東アジア諸国が協調した強固な同盟が必要であり、その戦略を描いて満州国を誕生させた。満州国の建国理念は彼の理想そのものだった。
「……よくわからないけれど、大変そうですね」
小学五年生のチセには、世界規模の話を想像するのは難しい。つまらなそうな顔をして首をひねってしまった。
「ああ、大変だ。だが、私がやらねばならない。応援してくれるとありがたい」
「うん。よくわかってないけど、応援します。頑張ってね、石原さん」
「ありがとう。しかし夢破れた時は……ウサギを飼って暮らすのも、悪くはないな」
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