■エピローグ・前

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 採毛用品種アンゴラウサギの養兎が辿った道筋はかつての日本の綿花栽培に類似する。明治から昭和にかけて日本の主要産業であった紡績業は、海外からの安価で高品質な原材料によって発達、発展した。しかし、それは国内の綿花栽培農家を淘汰することにつながった。  アンゴラウサギの養兎も同じ。最盛期には国内で百万を超える数が飼養されていたというアンゴラウサギは、綿花栽培と同様に日本の経済成長が進むに従って衰退の道を辿った。  男はため息を吐いて空を仰いだ。遠く突き抜ける空にはくっきりとした輪郭の雲がいくつか浮かんでいる。男は、胸にうずまく様々な感情を客観的に整理して、目に映るそれらの雲の輪郭がぼやけるに違いない、そう思った。しかし、山間に吹く涼しい風は男の目を乾かせるばかりだった。 「遠い将来……いえ、近い将来かもしれませんが……この日本アンゴラ種は、断絶してこの世には居なくなってしまうかもしれませんね」  家畜舎で飼養されていたアンゴラウサギは、日本で改良され品種認定された「日本アンゴラ種」という。 「日本アンゴラ種」は、長い毛並みが特徴的なアンゴラウサギがアルビノ(遺伝要因による先天的色素欠乏)となるように固定され、毛量が多くなるように巨大なウサギ品種と交配するなどして改良された日本にしかいない兎の品種だった。男は、この愛おしく、日々寝食を共にしてきたウサギが居なくなってしまう未来を予見した。     
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