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チセは、憲三の気が狂ってしまったのかと思った。石原に成功間違いないと言われたこのアンゴラ兎興農社を、成功を目前にして解散させてしまうと言い出したのだ。
その一方で弟の幸男は冷静だった。憲三が事業を畳むのにはすっかり慣れっこだったのだから。
しかし、今回の憲三の「会社を解散する」は毛色が違った。
「まあ聞け、アンゴラウサギの養兎採毛事業は続ける。問題は、なぜこのアンゴラ兎興農社の事業が軌道に乗らないか。その原因はわかっている。原因は二つ。そのひとつは、俺が社長だからだ」
「んだすな。違えねえ」
即答した幸男は兄に厳しかった。
「営業に行っても門前払いされてしまう。これは俺が怪しいからだ」
憲三に自分が怪しいという自覚がちゃんとあるあたり、チセは憲三の気が狂ったわけではないと理解し、少しだけ安心した。
「すると、怪しくない人に社長を任せる、ってこと?」
「ああ。一度この会社を解散して、怪しくない人を社長にした新しい会社を立ち上げる。いわば、再出発のための解散だ」
失敗を繰り返している縁起の悪い怪しい男がいきなり訪問してきて、大企業の社員、役員が面談を受け付けるかといえば、真っ当に考えればあり得ない。
「怪しくない人って、誰を?」
「社長の座には財界に顔が利く人、例えば政治家の先生に座ってもらう」
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