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鷲沢に書いてもらった紹介状には十万二十万ではとても足りない、と書いてあった。しかし、憲三は素直に、控えめに、必要なそれだけの見積もりを述べた。
憲三が言うや、津田は即座に小切手を捲り、「金参万圓也」そう書いて机に置き、対面に座る憲三に添え差し出した。
公務員の初任給が七十五円の時代の、三万円。三万円なら、単純計算で四百人分の月給にもなる。
「さあ、これで足るだろう。すぐにウサギの増産にかかってくれ」
その差し出された小切手は──
「貴様は、絶対に逃がさん」
そのような津田の通牒、意思表示だった。
鐘淵紡績社長 津田信吾は、わずか三分の間、話を聞いただけで判断していた。一見して怪しい齋藤憲三という男は「金の卵を産むガチョウ」であると。
津田は優秀な経営者だ。日本最大の企業のトップに座す彼はとことん利に敏い。
津田はこの後、戦争の時代に入るや儲かると見て兵器、重工業領域にまで事業の裾野を広げる。そのため、戦後には文人にもかかわらず戦犯指名を受け逮捕されてしまうほどだった(逮捕後不起訴)。
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