■第三章 アンゴラ兎興農社、解散

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 彼はこの世界不況の時代において、インド綿花の不買を積極的に呼びかけ業界を主導する裏側で、競合他社を出し抜こうと代用品の用意もぬかりなく推し進めている。津田はカネボウに農務課を設置し、昭和八年まさにこの時、満州国の広大な土地を活用して緬羊牧場の開設を進めているところだった。  羊毛の主要輸入国はオーストラリアである。この緬羊の牧場開設はインドと同じイギリスの植民地オーストラリアとの関係も危ういと見た一手だ。そして、綿花の代用品として羊毛を使用し、原材料不足で苦しむ同業者を一挙に出し抜く肚だった。  そんな戦略を進めている矢先に、怪しい男がウサギを抱えてやってきたのだ。その怪しい男が持参したウサギの毛を見れば、魅力的な織物の原料となることは疑いがない。自らネギを背負って懐に飛び込んで来た金の卵を産むガチョウを敏腕経営者がどう扱うかなど、火を見るよりも明らかだ。義務的に三分間話すだけでみすみす手放してしまう経営者は、いない。  津田は直感したのだ。ここでこの男に首輪を付けずに逃がしてしまえば、この男は競合他社に走るだろう。もしそうなれば、カネボウは逆に同業他社に出し抜かれることになる──。  憲三の面談の結果は、こうだ。  『津田社長は得体の知れない失敗続きの青年実業家の情熱に感銘を受け、三分間の約束を一時間以上延長し、更には現代の価値にして数千万円もの増資をその場で決めた。』  結果を切り取れば、美談。     
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