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 研究に没頭して食事も忘れがちになる博士を放っておけず、見るに見かねた理恵子が時々口を挟むが、孤高の研究者の雰囲気を持つ博士に深く立ち入ることはせず、普段はお互いに淡々と事務的な会話を交わすのみで、家族ぐるみのつきあいをするまでには至らない。  もともと仕事以外で、他人との会話を楽しむことに意義を感じない博士だが、たまには部下の士気を盛り上げようと所員に話しかけてみれば、何事が起ったかとみんなが身構えるので、そんな努力もしなくなった。  博士には結婚して15年経つ妻の安祐美と、中学2年になる長女の里奈と3歳年下の長男の祐樹がいる。  海外赴任が決まった時、当初は家族でドイツに渡るつもりだったが、里奈が難関の私立中学校の受験に合格したため、将来性を考えて安祐美と祐樹も日本に残ることになった。  子供たちの夏休みを利用して、安祐美と子供たちはこちらに一カ月ほど滞在するパターンが出来上がり、多忙の博士は、荷物の多い食料品の買い出しは付き合うが、市内観光などは妻の安祐美に任せきりになってしまっていた。  安祐美は夏休み以外にも年に2度、子供を実家に預けて博士の面倒をみにくる。  でも、博士の研究は待ってくれはしないので、結局1か月ほどの滞在中、安祐美は一人で街中をぶらつくか、読書で時間を潰すことになった。  以前、安祐美は夫の仕事を理解しようと、物理や燃料電池などの研究書物を購入して読んでいたが、博士はそんな妻を優しく諭した。     
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