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 当然派閥もできるし、それに関わるとやっかいなので、人と群れることを好まない博士は、どちらに入るとも言わず、適当に顔を出して、医療や生活などに関しての大切な情報を得ていた。  日本人会のメンバーは、ご多分に漏れず、日本語の活字に飢えていて、本はなんでも喜んで回し読みをした。  それを思い出した博士は、妻が置いていった本をデンと寄付したのだ。  その日の日本人会は、情報交換という名のおしゃべり会にはならず、メンバーは目の前に積まれた本に次々に手を出して、静かに読みだした。  そして、一様に目を見張り、博士の顔をまじまじと見つめた。 「水谷博士は、こういう本をお読みになるんですか」 「いや~っ、見かけによらずロマンチックなんですね」  焦った博士は、手近にあった本を捲った。タイトルは「100通のラブレター」だった。  赤面した博士がしどもど言い訳をしようとすると、メンバーたちは今までの壁を取っ払ったように博士を小突き、「いいじゃないですか」とか、「あまりにも頭が良すぎる方なので近寄りがたかったのですが、親近感を持ちました」などと笑顔を向けた。  博士が今まで通り仏頂面でいても、もう誰も気まずくなったり、気を使ったりしなくなり、むしろ照れ隠しに取られて、にこにこと迎えられる。  人との距離の取り方が分からなかった博士は、知らないうちに人の輪の中に溶け込めるようになった。       
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