第五章 S・O・S!エンジェルス

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黒い波が、来る。 月明かりの下、黒い壁のように盛り上がった波が、こちらに近付いてくるのが見える。 遠くからかすかに聞こえる、地響きのような音。津波が、海岸沿いの施設を呑み込み、住宅を粉砕してゆく音だ。その音に混じって聞こえるのは、絶望に満ちた、無数の叫び声。 二〇一六年五月十一日未明。突如発生した大地震は、二十メートルの巨大津波を発生させた。そしてそれは、闇の中でとまどう人びとに、音もなく襲いかかったのだ。  ベランダに走り出た父と母が、懸命に、自分を屋根に上げようとする。 車での避難は、すでに遅すぎた。怪物は、すぐ近くまで来ている。 いつの間にか、自分が、九歳の少女に戻っていることに、ユウキが気づいた。 せめて、高いところにと、ベランダの母がユウキを抱き上げ、手すりに登った父が屋根へと逃す。ふたりの顔も、十五年前のままだ。 それが、精一杯だった。 凄まじい速度で押し寄せる津波が、ユウキの家に衝突し――三人を呑み込んで、さらに内陸へと突進していった。 「嫌ぁぁぁぁぁっ!」 黒い濁流に翻弄されながら、ユウキが、悲鳴を上げ――そして、そのまま意識を失った。
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